コラム

2004/07/31

『続明暗』絶版のこと(本・SY)

2004.07.31 【『続明暗』絶版のこと】

▼先日、新聞の日曜読書欄を読んでいたら、作家の水村美苗氏の随筆が出ていた。水村氏は、夏目漱石の未完の遺作『明暗』を完結させた『続明暗』で文壇に登場した。文体も漱石調で、漱石本人が80年近い年月を隔てて完成させたような格調高いものである

▼水村氏はこの『続明暗』をアメリカで執筆した。まったくの異文化の中で、日本の、それも明治時代の文豪のストーリーの続きを執筆したのだから、並大抵の努力ではない。しかし、水村氏は「世界の中心に執筆中の作品があるような幸福な気分だった」と当時の精神状況を振り返っている

▼しかし、水村氏は随筆の最後に『続明暗』が絶版になったことを打ち明ける。水村氏は「悲しみというより、衝撃が走った」と述懐する。漱石の『明暗』は文庫本などで手に入るが『続明暗』の入手は難しくなるだろう。出版後10年程度しか過ぎていないのに、なぜこうも簡単に絶版になってしまうのだろう

▼現在の出版界は時々刻々関心が移り変わる新聞やテレビの発想とほとんど同様になっている。ニュース性や話題性のあるものを新聞や週刊誌とほぼ同時に出版することも多い。営業面では失敗が少なく、ある程度の売り上げも期待できる。昭和40年代までは、『近代日本文学全集』や『世界文学全集』、『世界の名著』などの本格的な全集ものが主要出版会社で相次いで刊行された

▼現在は個人全集は見られるが、『○○全集』と名のつくものはほとんど出版社の企画にあがってこない。『続明暗』絶版の影響は意外と大きいのでは。このコラムを書いている筆者も以前書店でパラパラとしか目を通していない。(本・SY)

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