コラム

2003/06/14

「無言館」は語る(長・EM)

2003.06.14 【「無言館」は語る】

▼信濃の国第3の都市、上田。この山懐に「無言館」という美術館がある。太平洋戦争において志半ばで戦地に散った画学生30余名、300余点の遺作、遺品が展示された世界的にも類を見ない戦没画学生慰霊美術館である

▼筆者が訪ねた時期には、アカシアの花がまるで墓碑に捧げられた献花のようにあたり一面を覆い、甘い香がミツバチまでも招き入れていた。飾り気のないコンクリート剥き出しの構造物から、木製の扉を押し中に入ると、暗闇に、若人達の描いたこん身の作品が浮かび上がった

▼テーブルの上に並ぶ洋風のカップ。これを囲む一家団欒の風景。作品の説明書きには「貧乏であった我が家に、こんなひと時など一度としてなかった。ただ、弟(作者)はそんな中、自分を美大に入れてくれた両親に心から感謝していた。弟は、両親と私たちとのこのような幸福なひとときを空「想し、描いたのでしょう」

▼また、恋人の裸像に徴兵のその時まで絵筆を走らせ続けた画学生。「あと5分、あと10分、この絵を描き続けていたい…。生きて帰ってきたら必ず続きを描くから…」。いずれの作品も決して絶世の名画ではない。ただ、描くことすらままならなかった時代を生きた青き才能の1枚は、半世紀という歳月を飛び越え、今、私達の前に現れ、静かに、そして痛烈に語りかけてくる

▼筆者は戦争を知らない。だが、館内に洩れる白髪の婦人の嗚咽に思いをなぞることはできた。たとえ言葉にしなくとも痛いほどに伝えられる。「造る」とはそういうものなのだろうか。あの日見た裸像は永遠に未完のままである。昨今の世相に一見の価値がある施設だ。(長・EM)

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