コラム

2004/06/08

殺伐な世相と小説(水・YH)

2004.06.08 【殺伐な世相と小説】

▼今年は例年より早い梅雨入り。憂鬱なのは人間ばかりで、植物にとっては恵みの雨だが。空模様に合わせてか暗い事件が相次ぐ。そんな時、無性にいい本が読みたくなる。「心が渇望する」といったら大袈裟だが

▼高校受験を迎えていた頃が特に読書熱が高かったような記憶がある。中でも『24の瞳』(壺井栄著)は忘れられない一冊だ。大石先生を囲み第二次大戦を生き残ったかつての教え子達で古い写真を見る。戦争で盲目となった子が記憶を辿って指でなぞる。その位置がずれており皆で涙する。一緒に泣き、そして安らぎ、潤いを憶えた

▼テレビは一軒に一台の時代に、純朴な少年少女達の話題の中心はひたすら恋愛であった。石坂洋次郎や夏目漱石の世界に浸った。純粋にプラトニックな透明な世界だ。活字の中で、頭の中で泣き笑った。今日のようなハードボイルドな小説などあったのだろうか。純文学こそ世界そのものの時代であった

▼出版市場は1996年の2兆6563億円がピークで、その後減少傾向を辿っている。背景には当然インターネットなどメディアの多様化は否定出来ない。しかし書店の店頭でまず目に付くのは「癒し」や「儲け」のノウハウ書ばかり。そうしたマニュアルの類ではなかなか安らぎは得られない

▼片山恭一著の『世界の中心で、愛をさけぶ』が300万部を超え、小説の部類で村上春樹著『ノルウェイの森』や小松左京著『日本沈没』を凌いだ。綿矢りさ著『蹴りたい背中』など28年振りに芥川賞で100万部を超えたという。良い本を読ませる環境をハード、ソフトで整備する。これが教育の基本であってもいい。(水・YH)

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