コラム

2005/04/22

身の丈にあった手法を(水・KK)

2005.04.22 【身の丈にあった手法を】

▼素晴らしい季節になった。百花繚乱、まさに春爛漫である。新入生や新社会人、転勤族もそろそろ新しい環境に慣れ、学業に仕事に本格始動の時期である

▼遠い昔の高校時代の苦い思い出がよみがえる。先生はやたら予習、予習とうるさく言った。英語などは全文をノートに書き写し、辞書を引き、訳すことが求められた。数学など他の教科も完璧に近くまで自力で解決することが求められた。授業は予習の確認の場、予習こそが勉強の全てと教えられた

▼成績の芳しくない生徒は教えに忠実たらんと悪戦苦闘し、成績の良い生徒はほどほどに聞き、教科書の下読み程度に留めていた。「生徒が我々の言う通りにやったら一日30時間あっても足りないだろうな」。職員室で先生達が話しているのを耳にし愕然とした。今春、娘がこうした思いのある筆者の母校に入学したが、相も変わらず予習、予習と繰り返しているという

▼「オレ流」で知られる中日・落合博満監督は現役時代、わがままの先駆者と評された。ルーキーの頃、あれこれと打撃指導するコーチ陣に「自分の思い通りにやって打てなかったらクビで結構ですから、放っておいてください」とまで言ってのけた。落合選手を酷評した首脳陣や評論家は彼が実績を残すにつれ「史上最高の右バッター」と高評価に

▼6人の世界チャンピオンを育てたボクシングの伝説的トレーナー故・エディ・タウンゼントは「教えるのは半分だけ。あとの半分は自分で考えなさい」が口癖だった。自分を活かし、高めていくためには、マニュアルをうのみにすることなく、自らの能力にあった解釈や手法のほうが生かされるのではなかろうか。(水・KK)

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