コラム

2005/11/16

トンネルが生んだパン(前H・I)

2005.11.16 【トンネルが生んだパン】

▼ある過疎の村と、その隣村との間にトンネルが開通した。延長は3・3?。これまではトンネルの上を通る峠で結ばれていたが、嶮しい山地にあるため線形は悪く、幅員も狭小なため大幅な迂回ルートをとっていた。昭和初期から中期にかけて、人の往来も活発だったというが、モータリゼーションの到来により往来は少なくなった

▼この過疎の村は、これといった産業もなく人口は急減。一方の隣村は、観光資源に恵まれ、活気を保っていた。しかし、隣村から都市部へ向かうには、過疎の村を通った方が近い。トンネルの開通後、隣村を訪れる人は、この過疎の村を通ることになり、人・モノの流れはガラリと変わった

▼過疎の村のトンネル入り口には、地元の人が炭焼き小屋を建て、パンを焼き始めた。オリジナルの風味と食感は、多くのファンを得て人気は急上昇。このパンを買い求めるために、過疎の村を訪れる人も多くなった。この人を知る人は「まさか彼がパンを焼く人になるとは思いもしなかった」と口を揃える。一番驚いていたのは本人かもしれない

▼トンネル事業の実施にあたって、どのような開通効果を描いていたのか。一般的には「距離的・時間的短縮により周辺地域の活性化を図る」といったところ。都市部に近く、将来性が見込めれば、民間投資も十分予測されるが、今回は山間部の村と村を結ぶトンネル

▼しかし多くの人に感動を与えたこのパンは、まさにトンネルの可能性が生んだもの。地元の人が勤める建設業者が事業に携わり、完成後も地元の人がこのトンネルを活かして活性化に寄与。公共事業の一つの理想型を見た思いがした。(前H・I)

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