コラム

2006/06/19

かけがえのない存在(前・SN)


▼我が家には、チビという名前の老犬がいた。近所の人拾ってきて「ここら辺で犬を飼っていないのはお宅だけなので、飼ってもらえないですか」と持ってきた。ウチがNOと返事をすれば、処分されてしまうだろうと思い承諾。あれから14年余の年月が経った。その間、自分にとっては初めての犬だったが、たくさんの楽しい思い出をもらった

▼その日の前日の夕方も、父がいつものように30分ほど散歩をして、食欲もいつも通りだったという。いつもと同じ朝になるはずだった。父が「チビが動かないんだ」と言う。急いで小屋に行って覗いてみると中にはその姿がない。よく見ると、目を閉じて横たわっていた。いつもは、そんな所に行かないのに。チビには、自分の死期がわかっていたのだろうか。年齢的に大往生だが、こんな目立たない所で最期を迎えるなんてと考えると、不覚にも目頭が熱くなった

▼妻も大粒の涙を溜めながら「苦手な夏を前に、逝っちゃったね」とつぶやき、子ども達と献花を摘みに行った。数日間が過ぎ、チビがいなくなった現実を少しずつ実感する。それでも、仕事で疲れて帰った夜は、染みついた習慣で犬小屋をのぞき込んでしまう

▼近所では、犬が亡くなるとすぐに代わりを買ってくる家もあるが、筆者はその気になれない。月並みだが、また同じ想いをしたくないから。しかし、子ども達は無邪気に楽しそうに、次に飼う犬種を話題に騒いでいる

▼自分にとっては、チビの代わりはどこにも存在しない。この14年間、どれだけ癒されたことか。自分も、誰かにとって精神的にかけがえのない存在になりたいと思う。チビに教わった。(前・SN)

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