コラム

2006/08/16

臭いをかぎ分ける鼻(本・JI)


▼暑い時期の栄養補給と言えば、頭に浮かぶのはウナギである。栄養以前に好物だから、店頭で蒲焼きの煙を出している所があると、匂いを嗅ぎつけた鼻が、足よりも先にウナギの方向に走り出してしまう。我が家では土用の丑の日は必ずウナギを食べるが、今年は「二の丑」もあったため嬉しい思いをした

▼97年に公開された今村昌平監督の「うなぎ」という映画も当然見ている。カンヌ国際映画祭のグランプリも受賞した作品だ。ウナギを捕獲する方法も興味深かったが、それ以上に出獄した男を受け入れる地域住民のやさしさに心を動かされた映画だった

▼その映画「うなぎ」の原作は「闇にひらめく」という小説。作者の吉村昭氏は、7月末に79歳で亡くなった。この少し前に、「作家が死ぬと時代が変わる」(粕谷一希著、日本経済新聞社刊)という本が発売されている。同書によれば、ひとりの作家が死ぬと、今まで黙っていた他者が言葉を発するという。吉村昭氏が逝った現在、いったい誰が何を語るだろうか

▼先日、取材先で読書の話になった。彼は「人間の想像力には限界があるが、事実はそれをはるかに超える」との理由で小説を読まなくなったという。ひるがえって自分を見れば、同様に小説を読んでいない。若い頃は多くの作品に触れたが、最近は小説に対して興味が薄れた

▼想像力に限界が有るのか無いのかはわからない。しかし小説を面白くないと感じる本当の理由は、読み手である筆者の想像力や判断力が衰退しているからかもしれない。ウナギの匂いを判別するこの優れた鼻も、面白い小説の嗅ぎ分けはできないようである。(本・JI)

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