コラム

2006/11/14

地下鉄に乗って(水・NI)


▼「あなたは、父になる前の親父を知っていますか?」きっと多くの人が知らないと答えるだろう。知っていたとしても、家族の誰かから聞いたとかその程度の話に終始する

▼浅田次郎原作・篠原哲雄監督の映画『地下鉄(メトロ)に乗って』が公開中だ。素朴な話題作だが、この中で主人公は、親父になる前の父に出会い、そして父の生きた時代を地下鉄の中で起こるタイムスリップを通じ知ることになる。そして人生観が変わる

▼筆者は30代にさしかかり、父もまもなく還暦を迎える。もし、筆者も映画の主人公と同じ様に地下鉄の出口をでると、そこには過去の「あのとき」の世界が広がっていたとしたらどうするのだろうか?「今」を変えるために「あのとき」を書き替えてしまうか、それとも自分の親父と同じような道を歩きはじめるのだろうか

▼自分が生まれる前のことなんて知ろうとも特に思わなかったし、今がよければそれでよかった。親父は親父。俺は俺。別の道を歩んでいるのだと考えていた。少し大人になったせいか、最近「親孝行」の3文字が時々頭をかすめる。好き勝手に生きてきたこの30年近く、「親になにをしてやれたのか」自問自答する。親なんていつまでも身近な存在だと思っていた。しかし、筆者が歳を増すのと同時に親も歳をとる

▼遅かれ早かれ親との別れは必ず来る。そして次は自分が親父になる番がやってくるに違いない。その前に自分の親父が通ってきた道のりや、親父が自分と同じ歳の頃、何をしていたのか、この地下鉄に乗って「あのころ」へ行って自分の目で見てみたい気もする。ただし、その瞬間の心構えはできていないが。(水・NI)

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