コラム

2007/09/25

ゲイジュツとゲンジツ(東京・JI)


▼東京・京橋のブリヂストン美術館で、画家・青木繁の企画展を見た。青木氏は明治30年代の数年間だけ活躍した洋画家。彼の作品で最も有名なのは『海の幸』だろう。他作品も展示されているが、この『海の幸』の存在は他を圧倒する

▼縦70×横182?のキャンバスに描かれているのは、10人の全裸の漁師。彼らは3尾の大きなサメを担ぎ、砂浜を歩いている。老齢の男も若者らしき者もいる。何かの儀式なのだろうか、彼らのうち2人は顔を白く塗っている。そして1人の男は、絵の中からこちらの様子をうかがっているのである

▼絵を見れば、自然に白塗りの男と視線を交わすことになる、不思議な作品だ。さらに、精緻に書き込まれた人体もあれば、ラフに描かれた人物もある。下書きの線まですべて残されている。未完成とも取れるが、どうやらこれは仕上げ作業を放棄したものらしい。それが功を奏し、画面は力強さにあふれている

▼仕上げ作業を放棄して評価されるのは、これが芸術作品だからだろう。現実に使用されるものならば、周囲に多大な迷惑がかかるはず。途中で建設を放棄された橋やビルを使用する気にはなれない。まさに「終わりよければすべて良し」である。芸術と現実との違いがここにある

▼青木繁は『海の幸』を千葉県南端にある布良という土地で描いた。しかし、実は漁師の水揚げの状況を見てはいないらしい。水揚げの現場を見た友人からの話を元に、まったく違う風景を構想して描いたという。もし青木氏が現実の水揚げを見ていたら、逆に多くの人々を魅了する傑作は出来上がらなかったかもしれない。芸術は無限大だから。(東京・JI)

厳選されたコンパクトな記事で
ちょっとリッチな情報収集

建設メールはこちら