コラム

2008/03/10

確かな選択肢の基準を(東京・JI)


▼酒の席で、電機メーカーに勤める友人と家電選びの基準について議論した。友人は「一般的にはブランドで決まる。例えば冷蔵庫なら、壊れないイメージのナショナルが売れているはずだ」と主張する。もうひとりの友人は「ブランド神話は電機メーカーだけが気にしているもの」と反論する

▼我が家の場合を例にとると、冷蔵庫選びの基準は2点。ぴったり収まるサイズと、色・形のデザインである。どこの企業が作ったのかを気にすることはない。反論する友人の言うとおり、ブランドは無関係だ

▼「彼氏を選ぶ基準は」「デザインかな」という携帯電話のCMがある。家電ではないが、誰を選ぼうと何を選ぼうと大した差異は無く、それなら外見で選ぶということか。しかしデザインは機能・本質と直結していることも多い。外を見れば中も把握できるということかもしれない

▼冷蔵庫購入基準の話に、家電販売店の友人が割り込んできた。彼はデザインもブランドも関係ないと言う。冷蔵庫選びは「主婦の手が奥まで届くかどうか」この一点で決まるという。一同納得。我々3人の話には、それを「利用する」という面が抜け落ちていた

▼話は一転、公共事業へ。友人は「無駄な工事が多い。無駄な施設、無駄な道路は作る必要はない」と強い口調で言う。確かに利用者が極端に少ない施設などはある。しかしこれも「建設」ではなく「利用」を詰めていない点に問題がある。昨今の道路特定財源の話も、道路整備の必要不必要だけで論議している。既存道路も含めて今後整備する道路をいかに利用すべきかは論じられていない。大切な部分を忘れてはいないだろうか。(東京・JI)

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