コラム

2008/05/16

市民の声が届かない制度(茨城・SI)


▼茨城県庁周辺が騒がしい。国保保険料を取り扱う団体職員の約10億円の着服が明るみにでた。連日のように、街宣車が走り回り当該団体へ向けて抗議の奇声を上げている。とはいえ、それ以外の混乱は見受けられず、ことのほか静か。事の重大さを考えれば、市民はもっと怒りを表してもいいのではないか

▼事の発端は、着服職員の上司への自白から始まるという。3年間にわたり、着服が繰り返され、総額は驚きの約10億円にものぼる。そのほとんどはギャンブルに泡と消えた。その犯行を職場の誰一人気づかなかったというから開いた口も塞がらない。組織内のズサンな管理体制を露呈し、その危機意識の低さに怒りを通り越し呆れるばかりだ

▼テレビなどのメディアでも謝罪会見が大きく取りあげられた。笑みを浮かべながら質問に答える団体の幹部職員。謝罪を口にするが、その態度には反省のかけらも見えない。組織内のチェック体制があったかどうかもはっきりしない曖昧な説明がすべてを物語っている

▼この事件の責任の所在はどこにあるのか。どうして防げなかったのか。原因を徹底的に究明し、責任を追求することが第一なのでは。着服した一職員の行為は到底許せるものではないが、それ以上に管理する立場の幹部職員の責任は重大である

▼現在、年金問題をはじめ、国政の場で論争となっている後期高齢者医療制度や道路特定財源など、不透明な推移に市民の信頼は失墜し、制度自体の存続が危ぶまれている。福祉医療や公共事業など制度全般の抜本的な見直しの時期に来ているのかもしれない。市民の悲痛な声があまりにも届かない。(茨城・SI)

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