コラム

2009/02/05

雪に投げられて(新潟・CS)


▼突然抱き上げられたかと思うと、雪原めがけて崖下に投げられた。しばらくあ然とする。越後の奇祭、「婿(むこ)投げ」だ。見上げると、さっき居た場所までの高さは5m以上ある

▼新潟市から車で約3時間。豪雪地帯十日町市に伝わる小正月の行事で、娘を取られた腹いせに新郎を投げる。その後、賽(さい)の神を祭って正月飾りなどを燃やし、灰と雪を混ぜて誰彼かまわず顔に塗るのが「すみ塗り」。松之山地区が有名だが、隣の莇平(あざみひら)地区では趣を異にする。老若男女を問わず、投げられるのだ

▼ここは2000年から続く芸術祭の舞台でもある。3年に一度、棚田の広がる里山に世界中からアートが集う。アーティスト・日比野克彦氏が、莇平の廃校を朝顔で覆いつくすプロジェクトを行ない、これをきっかけに夏は田んぼでサッカー、冬は雪遊びに興じている。「ここの婿投げは、日比野さんが言い出した」。そう話す地元の男性は炭で真っ黒な笑顔。こちらも真っ黒で応じる

▼婿投げ・すみ塗りは通過儀礼。投げられると知っていれば、行かなかったかもしれない。ふと、幼い頃を思い出す。自らブレーキをかけるようになったのはいつ頃だろう。真っ白な雪の中で、妙にくすぐったい、それでいて爽やかな気分になった

▼ここでも、限界集落の語は対岸の火事ではあるまい。経済は暗雲が立ち込めたまま。奇抜なアイデアの町おこしとは一味違う。もともとあった自然に価値を見出し、地元の住民が、心から楽しんでいる。つられて、こちらも楽しくなる。これはほかにも言えること。既成概念からポーンと飛び出すべく、一度投げられてみては。(新潟・CS)

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