コラム

2009/08/10

収穫は泥にまみれて(松本・HK)


▼夏といえば、その印象は海水浴、花火、スイカ、麦藁帽子など人それぞれ。しかし、多くの人が夏を感じ始めるのはセミの鳴き声ではないだろうか

▼長野県松本市の郊外で暮らしているとミンミン・ジージーに出会う前に、代掻きが済み水が張られた田を占領したカエルたちのゲロゲロ・ゲコゲコの大合唱が生活の一部となる。縁あって米作りを手伝うこととなり、今年は早くも3回目の田植となった

▼手伝いに赴いている田んぼは20年以上も無農薬での栽培を続けてきているのが自慢のひとつ。自然農法の魅力、所有者の人柄もあり、人伝に田植えや稲刈りには多くの人が集う。昔ながらの米づくりはもちろん手作業。泥に足を取られながらも3本の指で苗を大地に預け、秋には頭(こうべ)を垂れた稲を鎌で刈り取り、はぜがけし、天日で干す

▼田んぼのあるじは語る「花形的な田植えや稲刈りだけではなく、田の草取りみたいな一番大変な作業も体験して欲しい」と。農薬を使用しないということは雑草との格闘を意味する。猛禽類のそれを連想させる何本もの爪が、スクリューのように回転する草取機を押しては引きを繰り返しながら整然と並んだ苗の列の間を進む。だが、苗の根元の草は、もちろん手で引き抜く以外に手立てはない

▼世間をセミの鳴き声が支配する頃は、すでに苗はそう呼ぶにはおこがましく、誇らしげに直立している。昨年刈り取られた藁と小糠、水を混ぜて発酵させたボカシを肥料に収穫のときを待つ。とかくスポットライトが当たる表側にしか目は向かないもの。陰に隠れるひたむきな作業が、お米の味をまた格別なものにする。(長野・HK)

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