コラム

2009/09/16

技術を乗せた方舟(群馬・HM)


▼銅板を張った屋根、磨き抜かれたヒノキの壁。おもわず建物に見とれて立ちつくしてしまった。夏の陽光を浴びて黄金色に輝く荘厳な姿。解体修理工事が終わった、あるお寺の観音堂。ここは職人の魂が眠る場所でもある

▼建築されたのは室町時代。工事は、一度すべてを解体し、再度組み上げるという手法。柱などの主要な部材は傷んでいるところを補修して使う。そのほかの部分もできるだけ従来の材を活かす。壁と屋根は新しくした。古い材と新しい材が混同するが違和感は感じない。むしろ、黄金色の新材と黒ずんだ柱が見事に調和し、1つのデザインとして完成されている

▼この工事を手がけた宮大工の棟梁は、完成直後に亡くなった。文字通り、全身全霊、自らのすべてを捧げた仕事だった。生前、まだ工事中にお会いした時に「300年は保つように建てている。その時代の大工に素晴らしいと思われるような仕事がしたい」と語っていた

▼落慶の日、棟梁の兄弟で同じく宮大工をしている方と話をする機会があった。技術継承の話題になった時の言葉。「この建物が教科書になる。もし、失われた技術があってもこれを解体すれば分かるようになっている。だから、我々は一切妥協をしない。完璧なものを後世に残すことが使命だから」

▼「ああ、そうなのか」。この建物は技術を乗せた方舟なのだ。職人の知恵と力のすべてを満載し、時間という海にこぎ出したノアの方舟。棟梁が言っていたこともそういう意味だったかと今、改めて理解できる。顔も名前も知らない、遠い遠い未来の弟子に向けた誇り高い、長い旅が始まったのだ。(群馬・HM)

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