コラム

2009/12/09

父とのキャッチボール(群馬・HM)


▼「おい、キャッチボールしよう」。久しぶりに家に遊びに来ていた父から声をかけられた。そんなことを言われても道具がないよ―と言おうとしたら、何と父の荷物カバンからグローブが2つとボールが1つ出てきた。電車旅なのにわざわざ持ってきたのかと驚いた

▼孫もできてすっかり「おじいさん」になった父だが、まだまだ元気だという事を息子に見せたかったのだろうか。やたら張り切っている。キャッチボールは久しぶり。近い距離から始めようというのだが、父はどんどん離れていく。その遠い場所から父は力一杯投げてくる。思ったよりも速い球がしっかり届いた

▼しばらくすると母がカメラを持ってやってきた。生き生きとボールを投げる父を一生懸命カメラにおさめている。その写真を見るまでもなく、暖かく、いつまでも忘れられない1シーンになりそうな気がする

▼いい加減疲れてきたが、なかなか「やめよう」と言わない。こちらからそろそろよそう、と言うと「そうだな」とようやくやめた。満足そうな父の横顔が、久しぶりにボールを受けた左手の心地よい傷みとともに印象に残った。グローブを返すと、父は自分のグローブと一緒に律儀にまたカバンにしまう

▼父のグローブはもう40年も使っている年代物。幼い頃に見たままのものだ。くたびれているが、それでも現役でがんばっている。その古びたグローブが父の姿と少し重なった。そうだ、今度実家に帰った時は、そのグローブにワックスを塗ってやろう。まだ何年も先まで使えるように、と気持ちを込めて。せちがらい世相だが、こんなささやかな一日にホッとする。(群馬・HM)

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