コラム

2012/04/19

職業の存在意義(埼玉・HK)

職業の存在意義

▼私事だが、入社して1年ほどが経った。入社したての頃は、勉強不足故に恥をかき、記事を書いては原稿が赤ペンで真っ赤に染まったものだ。現在は、当時に比べれば少しはマシになったと自負している。取材で無知を突かれることもしばしばだが、それをバネに日々、努力している。

▼先日、ある役所に赴いて工事の設計に関して、課長の対応で取材していたことろ、突然、若い職員が横から「そんなに教えたら入札の競争性が無くなってしまいますよ」と一言。当該案件の発注方法が指名競争だったことから「競争性が必要なら参加要件ナシの一般競争にしてはどうですか」と弁解も考えたが、取材も佳境だったため口には出さなかった。

▼彼の立場からすると、ある意味で間違いでは無いかもしれない。読者が少しでも有利になるような記事こそ、弊紙にとってふさわしいからだ。公共工事が減少の一途を辿る中で、読者が潤う一助となるものでなければならないのが建設専門紙の存在意義だろう。

▼われわれの仕事は、取材対象と一定の距離を保ちながら情報が得られる関係性を築き、読者に有用な情報を提供することだ。取材の際は、ある種の強引さが必要な職業でもある。役所の職員に「また来たのか」とあきられる存在でありたいと、常日頃思っている。

▼取材という仕事は、相手によって必ずしも好かれる職業ではないかもしれない。それは裏を返せば、新聞記者に限らず、建設業者や公務員も同様な立場である。しかし、我々が様々な職種で働いている側面には、それを必要とする人がいるということを、決して忘れてはならないだろう。(埼玉・HK)

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