コラム

2014/05/20

ピアノ発表会にて(茨城・EM)

ピアノ発表会にて


▼小学5年生になる娘が、ピアノ教室の発表会に臨んだ。4年前から学び始め、少しずつだが着実に

上達している。か細い指が器用に鍵盤を駆け巡り、やさしい音色を紡ぐ。わが子であるという贔屓目

抜きで、とても素敵な演奏だった。あの一瞬も含めて


▼発表会は年に一度。去年は演奏の途中で指が止まり、終わりのお辞儀で泣き出した子が、最後まで

流れるように弾いていた。指がもつれ幾度も引き直し、ようやく終わりに辿り着いた子もいた。1年

間の成果を発揮する日。聞く側も、ビデオカメラとともに緊張感を持って見守る


▼一通り演目が終わった後、発表会の運営を手伝ったご婦人が紹介された。その方は音大に入りピア

ニストを目指したが、夢叶わず、今は畑違いの勤めをしながら時折この教室を手伝っている。「私は、

演奏会で一音も弾けなくなった経験があります。頭が真っ白になり、何も見えず何も聞こえなくなり

ました」


▼この日、娘の演奏を含め何度か訪れた静寂の一瞬。幸い、どれも2、3拍の間を置いて再開された

が、当人は、その一時をどれほど長く感じたであろう。まだ幼い子ども達。晴れ舞台での失敗を笑い

飛ばせるだろうか。真摯に向き合っていればなおさらのこと


▼「きょう力を出し切れなかったお友達。決して音楽を嫌いにならないでください。いつか、ピアノ

が弾けてよかった、ピアノが弾けて嬉しい、そう思える日が来ますから」。経験という芯の通った染

み入るエール。「オッケー、オッケー」と軽はずみな慰めを送った自分を恥じながら、婦人を羨望し

た。子ども達は来年、どんな演奏を聞かせてくれるだろう。(茨城・EM)


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