2014/06/20
トンネルに入ろう(長野・JI)
トンネルに入ろう
▼川端康成 『雪国』の冒頭はご存知だろう。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」は、
作品を読んだことがない人でも知っているほど、有名な文章だ。文豪の言葉のとおり、長いトンネル
に入る前の町と、抜けた先の町は、気候が異なる。さらには街並みもまるで違う
▼広がる田園に見とれていても、もぐり込んだ先の暗闇に視界を閉ざされ、トンネルを出れば住宅街
になっていたりする。あるいは突然に橋梁となり、眼下は谷底という場合もある。さきほどまでの現
実が消え去り、新たな場面に遭遇することになる。まさにトンネルは、別世界への入口である
▼トンネル施工現場を取材したことがある。内部は道路が舗装されておらず、乗せてもらった車は壊
れそうなほどガタガタと揺れながら走る。今まさに掘り進めている最前線まで行くと、巨大な円形の
機械が作業音を響かせていた。蒸し暑い空気、暗いうえに土ぼこりで不明瞭な視界、その中で照明に
より輝く存在に圧倒された。トンネルは、まだ開通していない段階でも別世界に会わせてくれる
▼2012年12月に起きた中央自動車道笹子トンネル天井板崩落事故では、9人が命を落とした。彼
らは新たな景色を見ることなく、本当の別世界へ旅立ってしまった。暗い世界から抜けることなく、
またトンネルを出る際の開放感を得ることなく去っていった。こうした悲しい事故が今後起きないこ
とを願うばかりである
▼トンネル取材は8月の暑い日だった。その際、現場代理人の方から熱中症予防として『塩飴』をい
ただいた。トンネルは、それを作る人からも幸せをもらえる。(長野・JI)