コラム

2017/05/27

当たり前と思うべからず(群馬・TF)

当たり前と思うべからず


▼とある道路の開通式で、月日が経つと前からあったものと思われ、以前そこに何があったか、いつ完成したかは忘れ去られて当たり前となってしまうという言葉が印象に残った。身近なところでも、雪が降れば主要な道路はすぐに除雪され、多少の降雪であればいつものように通行できる状態になる


▼人に対しても同じで日々の繰り返しの中で誰かの自主的な行動は当たり前となっていく。親が長年当たり前の幸せを与えてくれたことに気付き、感謝したのは30歳になってからだった。遅咲きの親孝行に手探りで気持ちを伝えようと思うもなかなか難しい


▼人間ドックで初めてバリウムと検便の洗礼を受けた。自身の歳の経過を感じつつ、歳を重ねるごとに薬の飲む量が増えていく。裕福ではなくても当たり前にご飯を食べ、服を買い、帰る家がある。高校や大学に進学して、好きなこともやれた。当たり前と思える生活を送るための親の苦労の一端を垣間見た気がした


▼当たり前ではなかったと気付く時、その裏で築き上げた地道な努力を知った時、初めて感謝という気持ちが生まれる。先日開通した道路も同じことが言えるのではないか。不便だった時の状況や完成に至るまでの関係者の地道な努力、決められた工期の中で暑い日も寒い日も英知を結集させて完成に向かって進めていく


▼人生に完成はないかもしれないが、親の築き上げた当たり前を自らが実現していけるように意識するのと同様に、建設業界の地道な活動と地域社会の便利さの当たり前が結び付く事を切に願う。今ある当たり前がいつの日か当たり前でなくならないようにするために。(群馬・TF)


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