2026/04/01
無理をしない強さ(山梨・SS)
無理をしない強さ
▼「お先に失礼します」―そう口にするたび、少しだけ勇気がいる。周りがまだ忙しそうにしていると、なおさらだ。だが、その選択は決して「消極的」ではないらしい。自然界には、むしろ積極的に早く帰る側の戦略が存在する
▼山梨県富士山科学研究所と東京農工大学が富士山麓で行ったニホンジカの調査では、オスとメスで行動パターンが大きく異なることが分かった。オスは捕獲の危険がある場所でも、餌を求めてあえて踏み込む傾向が強いという
▼オスにとっては、体を大きくすることが最重要課題だ。他のオスとの争いに勝たなければ繁殖の機会を得られない。だから多少のリスクは覚悟の上で、栄養価の高い餌場に向かう。例えるなら、成果のためなら残業も修羅場も引き受ける「攻めの働き方」だろう
▼一方、メスはまったく違う。危険な場所を避け、安全で見通しのよい場所を選びながら、確実に餌を取り、生き延びることを優先する。子を育てるには、何よりも自分が長く無事でいることが必要だからだ。無理をせず、危ない橋を渡らない。実に堅実で合理的な行動である
▼そう考えると、「早く帰る」という選択も立派な戦略に思えてくる。体力を温存し、明日に備え、余計なリスクを避ける。自然界なら、それは怠慢ではなく生存の知恵だ。持続可能な働き方を選ぶ判断でもある。組織にとっても長い目で見れば力になる。無理を重ねて倒れてしまっては元も子もない。これからは、定時で席を立つ自分に少しだけ自信を持ってみよう。これは逃げではない。シカに学んだ、れっきとした戦略的撤退なのだから。(山梨・SS)















