2026/10/28
原価だけでは語れない(茨城・TH)
原価だけでは語れない
▼近くの絵画ギャラリーの絵が最近掛け替わった。以前の絵は販売もしており、値段を見ると十数万円から、大きいものでは100万円を超えていた。美術品に興味がない者としては、絵の良しあしより「1枚の値段」に思考が向かってしまう
▼1枚の絵に数億円もの値段が付くこともある。絵の具やキャンバスの原価を積み上げても、到底その金額には及ばない。作者の評価や希少性、何より「欲しい」と思う人の存在で価値が決まるからであろう
▼一方、道路や橋、河川、上下水道などの公共工事は、材料費や労務費、機械経費などを積み上げて価格が決まる。価格の根拠が求められるのは当然だ。ただ、完成した橋を見て「鉄とコンクリートの原価はいくらか」と考える人は少ない。そこには設計があり、施工する技術があり、品質を確保する管理がある。災害時には地域を守り、何十年にもわたり人や物を支える。その価値は材料の値段だけでは測れない
▼近年は資材価格や人件費が上昇し、担い手確保のための処遇改善や週休2日、安全対策にも費用が必要となる。それらは余分なコストではなく、社会基盤を将来までつくり続けるための費用でもある。限られた財源を使う以上、効率性や透明性は欠かせないが、安さだけを追い求めれば、失われるものもある
▼1枚の絵の価値は、その作品を欲しいと思う人の気持ち次第で決まる。公共事業も積算された価格だけでなく、それをつくる人、守る人、次の世代まで使い続ける時間に目を向けたい。その先に何を残すのか。その価値まで含めて考えることが、本当の「適正価格」なのかもしれない。(茨城・TH)















