2026/09/17
見えない代償を想像(群馬・MT)
見えない代償を想像
▼レジ袋の有料化から早いものでもう6年。マイバッグを持ち歩くのはすっかり日常となり、うっかり忘れた時には店舗の不要段ボールで代用する裏技まで身に付いた。そんな折り、マイクロプラスチックの発生源の約3分の1は化学繊維の衣類、約3分の1はタイヤの摩耗によるものだとラジオで耳にした
▼環境問題について考えていて気付くのは、手軽さや便利さといった利益を受ける人と、その代償を負う人が一致しないことだ。今、私たちが日常的に安く便利に使っている、暮らしを支える製品。その影響を受けるのは、巡り巡って海の生き物かもしれないし、まだ生まれてもいない未来の子どもたちかもしれない
▼かつて、海は広いのだから排水は薄まり、やがて無害になるという考え方があった。しかし水俣病は、その思い込みを覆した。有害物質は海から消えたのではなく、食物連鎖を通じて魚に蓄積し、人へと戻ってきた。目先の利益を優先した代償は、見えなくなっただけで、なくなったわけではなかったのだ
▼もちろん、個人にできることには限りがある。子どもの体操服は学校指定の化学繊維のものだし、公共交通機関だけで生活するのが難しい地域もある。綿や麻を選び、なるべく車移動しなければ済むほど単純な話ではない。こうした構造を変えるには、社会全体で取り組むしかないだろう
▼自分の便利さは誰によって支えられ、その影響は誰に及ぶのかと想像すること。見えない代償は、放っておけば見えないままだ。だからこそ、見えない代償に目を向けたい。その想像力を失わないことが、未来への責任なのだと思う。(群馬・MT)















