コラム

2026/07/08

「普通」に面白い(群馬・YT)

「普通」に面白い

▼前評判が芳しくない映画を見た友人に感想を聞くと「普通に面白かった」と返ってきた。この「普通に〇〇」という言葉はすっかり市民権を得たように思うが、どこか違和感がある。「普通に面白い」と言われると、褒めているのか判断に迷う

▼普通という言葉は特別でないこと、といった意味しか持たない。だが、日常会話ではもっと複雑だ。先ほどの「普通に面白かった」は「前評判を覆して絶賛するほどでもないが、悪くはなかった」という意味と「前評判は悪かったが、意外と面白かった」など、さまざまな捉え方ができる。「普通に〇〇」の用例を考えると、普通に込められた意味は多そうだ

▼こうしたあいまいさの背景には、普通が移ろいやすいというのがあるだろう。ここ10年でも普通は大きく変わっていった。AI画像は奇妙な絵ばかりだったのが、今ではAI製ではないかを疑うことが普通になった

▼そして、人と人でも普通は驚くほど違う。自分にとっては当たり前の習慣が、別の人には一度も考えたことのない行動だったりする。そんな違いに気付いて、慌てて自分の普通を修正した経験は誰でもあるだろう。ともすれば私たちは普通という言葉を便利に使いがちだが、現代ではその基準が人ごとに大きくばらついている

▼基準がそろいにくい時代の中で、その普通を誰かと共有することが以前より難しくなっている。だからこそ、誰かと普通を共有できるというのは、関係性が成熟した証拠だ。その共有は説明や対話、すり合わせといった地道な作業の上に成り立つ。普通を共有するのは「普通に難しい」ことだと言えそうだ。(群馬・YT)

厳選されたコンパクトな記事で
ちょっとリッチな情報収集

建設メールはこちら