新田荘遺跡の整備に伴い保存管理計画の策定作業に着手する太田市は今年度、基礎資料の作成として測量調査を実施する方針。また、18年度も引き続き基礎資料の作成を継続。19年度に策定業務をコンサルに委託するとともに、策定委員会を立ち上げ、各方面の意見を計画に採り入れていく考え。
新田荘遺跡は、平安時代末期に成立した新田氏の荘園跡で、現在の新田郡のほぼ全域と太田市の南西部にあたる。寺社境内・館跡・湧水地など、太田市・旧尾島町・旧新田町の1市2町にまたがる11の遺跡から構成され、広域に存在する複数の中世遺跡を荘園として面的にとらえ、一つの史跡としている。こうしたケースは全国的にも珍しく、平成10年12月に指定を受けた大阪府泉佐野市日根荘遺跡に次いで2例目。
当初予算では、新田荘遺跡調査整備事業として測量委託費300万円、設計委託費448万円、工事費350万円を計上しており、設計費は管理費や除草費、重殿水源整備に伴う設計費となっているほか、工事費は管理費や整地工事費となっている。
今回予算計上されている重殿水源は、市野井地内にあり、大川の源流で鎌倉時代末期に新田荘内で起こった水争いは、この水源から流れる用水が原因とも言われている。現在、周囲を民家や工場に囲まれ、四方(南北30m、東西10m)を石垣とコンクリートで護岸された池になっている。整備概要は、観光客の誘致を目的に池の周辺整備を行う。
江田館跡では埋蔵文化財発掘作業を実施し、発掘状況によって整備内容を決定していく考え。江田館は、上江田地内にあり鎌倉時代から南北朝時代ころ築造された館跡で、鎌倉討幕で活躍した江田行義の館跡と考えられている。その後、金山城の重臣矢内四郎左衛門が館を拡張して住んだと伝えられている。堀の内側に建造物がなく、東西約80m、南北約100m規模で堀・土塁がほぼ完全に残された貴重な館跡。