コラム

2004/11/10

「トカトントン」(本・SY)

2004.11.10 【トカトントン】

▼太宰治の小説に『トカトントン』という短編がある。細部は忘れたが、昭和20年8月15日の終戦の当日、主人公が玉音放送を聞いて悲嘆にくれているとき、外から住宅建築の現場だろうか、金づちで木材をたたく音がする。「トカトントン」とあたりに響き渡る。その音が主人公の心にしみ渡り、生きる勇気がよみがえってくる、という内容だったと思う

▼10代の頃、太宰文学には誰もが麻疹のようにかかる、とよく言われる。それは青春時代の多感な心を捉えるが、大人になって社会経験も積み、分別がつくと、「敗北の文学」などと評して軽視してしまうことの別の表現でもある。彼の文学は10代のとき通過して、それで終わりのものなのだろうか

▼「トカトントン」は戦争で徹底的に破壊された日本が戦後目ざましい復興を遂げていく予感を表現しているもの。復興の中核をなすのが建設の槌音だ。その響きは終戦直後の国民の呆然自失の心にしみ渡っていく。この作品は30年ほど前に読んだきりだが、終戦の日の心象風景と大工さんの金づちの妙に澄んだ音が強烈に印象に残っている

▼太宰文学は研究し尽くされているようで、未知の分野がある。『トカトントン』もそのひとつだ。この短編は文学的に優れているだけでなく、戦後の日本を引っぱっていく建設産業の力強さを象徴的に表現しているものだ

▼現在、建設産業は一部マスコミと一部の学識経験者により徹底的にたたかれている。建設産業に席を置く人々は反論すべきテーマが無数にあるのにどちらかというと沈黙を続けている。太宰が今も健在であれば、この不思議な状況をどう見るだろうか。(本・SY)

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