コラム

2005/12/10

『遠い座敷』を読む(本・SY)

2005.12.10 【『遠い座敷』を読む】

▼筒井康隆氏の短編に『遠い座敷』という名作がある。奇想天外な発想で、常に言語表現の可能性の限界に挑戦する筒井氏にとって、この作品は名作ではなく迷作だ、と答えられるかも知れない。実際、この作品の主題となる「遠い座敷」のある家は、とてつもなく長い家で、町の高台の山の手の住宅街から麓の漁村まで延々とつづく

▼家が非常に長いせいか、高台で歌われる民謡と中腹で歌われる民謡と麓の漁村の民謡は同じ曲名なのだが、歌詞が微妙に異なっているのだ。夕方になり、漁村で育った主人公は高台に住む友人と別れ麓に帰るのにその長い家の中を通っていく。整然とした部屋の襖を次から次と開けていくのだが、部屋の中には誰もいない代わり床の間などに奇妙な置物がある。主人公は怖くなり急いで部屋を通過するのだが、奇妙な部屋は果てしなくつづく

▼この「遠い座敷」という作品はおそらく作者の幼い日の記憶をパロディ風に再構成したのだと思う。まだ歩き始めて間もない頃の幼児が地方の旧家などの大邸宅にたまたま親と一緒に訪れる。大人同士が茶の間で話しにはずんでいるすきにトコトコと1人で廊下に飛び出し、いくつもある部屋を歩き回る

▼現代の都市居住者にとって「遠い座敷」はまるでSFのような世界だが、地方にはまだまだこのSFのような建築物が大切に保存されているような気がする。木造の「お屋敷」である

▼この作品の奥の深さは、世界の国々はひょっとすると「遠い座敷」でつながっているのではないかということを連想させることである。言葉は異なるが皆、地球というひとつ屋根の下の住人であることを。(本・SY)

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