コラム

2007/08/24

木を見ずして森を見る(茨城・KK)


▼いつも思うことだが、日本人とは、全肯定、全否定と極端に走る国民性なのだろうか。それが偶然だろうが必然だろうが、何か良いことをした人には「元神童」、犯罪を犯した人には「ガキの頃から札付きのワル」などとレッテルを貼りがちだ

▼中学時代、夏休みの自由研究で、確か文部大臣賞だったか、素晴らしい賞を受賞した同級生がいた。「成績は常にトップで、一年生からずっと学級委員を務める優等生」。新聞に取り上げられ、一躍時の人に。彼は好人物だが、目立たないごく普通の生徒だった。「迷惑なんだよな、あんな書かれ方」。当惑する彼に同情しつつも、報道が信用できなくなったものだ

▼お盆休みに『公共事業必要論(森田実著・日本評論社刊)』を読み返した。2004年6月の発行だから、刊行から3年が経つ。森田氏が指摘していた「公共事業に対する偏見」、「中央と地方の格差の拡大」はさらに進行し、いっこうに見直される兆しがない。氏の見識の広さに改めて賛同するとともに、オウム返しのように公共事業不要論を繰り返す諸氏の短絡的発想には閉口する

▼財政再建に限らず、何事もバランスが大切なのは言うまでもない。借金財政の元凶と決めつけ「公共事業はやめてしまえ」との風潮は全労働者の1割を占める建設業就労者に対する「ジェノサイド(集団殺戮)」と言ったら言い過ぎだろうか

▼小紙8月3日付のインタビューで森田氏は「木を見て森を見ず」の建設業バッシングに怒りをーと強く訴えていた。マスコミのヒステリックなまでの偏見には憤りすら感じる。もっと冷静沈着な判断を求めたい。(茨城・KK)

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