コラム

2008/09/29

悲喜こもごも人間交差点(埼玉・YW)


▼先日、いつもより1つ隣のバス停で待った。駅に近く大手スーパーにも通じる交差点のそばにあるバス停だ。そこでじっと交差点を行き交う人と車を眺めた

▼急ぎ足で渡る人、黄色になってからスピードをあげる車、無理やり右折しようとする車、自転車の方とにらみあっている運転手など様々だ。交差点ならではの交通、人生模様がまさに交差する様は、人間交差点と言っても過言ではないだろう

▼交差点のように交通の要衝とは、人生に似ているという根拠として、マイペース、強引、安全、危険さらに思いやりという心理がすべて交差点で交差し、車・人・精神がスクランブルになるからだ。人間ウォッチャーならぬ交差点ウォッチャーとなって、ふとそんなことを感じた

▼しかしバス停で待っている間は暇なせいか、連想ゲームというかもっと面白いことを連想させ、強引にこじつけてみた。多少飛躍するが、今の社会もまさに交差点と。それは後期高齢者医療問題、ガソリン値上げ、食材値上げ、食の安全神話崩壊、偽装社会など悪い意味での何でも来いの状況下の中、交差点が人々のマナーの悪さで役割を果たさず事故の多い交差点もある。今の社会は悪の交差が存在しスクランブルして交通機能が麻痺し仕分けが効き難くなっているのではないか

▼事故が多いのであれば、構造上の問題などを行政が警察と地元とともに問題解決を図るのは当然だ。そうして安全安心を確保している。しかし社会問題の交差点はまったく見直し作業や抜本的解決策を耳にしたことがない。特に社会問題の交差点について傍観者に終わることに悔しさを感じる。 (埼玉YW)

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