コラム

2013/08/30

自分ではない誰かのために(茨城・MK)

自分ではない誰かのために


▼地域の建設業団体が毎年行っている清掃ボランティア活動に、今年も参加した。清掃場所は前夜開

催された水戸黄門祭り花火大会の会場跡。朝4時30分集合だったため、暗いうちに起き、作業に汗を

流した。


▼数10万人が訪れた花火大会の会場だった千波湖畔には、想像以上のごみが散乱していた。主催者が

ごみの持ち帰りを呼び掛けているため、ごみ箱の数は少ない。きれいにするのは大変だなと思ったが、

建設業団体だけではなく市民団体、さらにはお父さんに連れられた子供たちが、あちこちでごみを拾

い始めた。あいさつを交わしながら、時には冗談を言い合いながら。


▼筆者もさまざまな人と話しながら作業をしたが、ある人が「清掃をしている人で、昨日ここで花火

を見た人は少ないんじゃないかな」と言った。周りの人も自宅近くや会社などで花火を楽しんだとい

う。会場に来た人は何気なくごみを捨てたのかもしれないが、清掃をするのは会場で見ていない人た

ち。?当事者?ではない人がごみ拾いに汗を流している。


▼こういったことは日常の仕事にも当てはまる。例えばマンションを作るのは建設業者だが、そこに

住むのは他人。学校を作ってそこで学ぶのは子供たちだ。弊紙は新聞を発行しているが、記事を活用

するのは読者である。


▼清掃作業で、日々の仕事は自分ではない誰かのためにしていることに気付いた。作業を始めて1時

間もすると、会場はきれいになった。ボランティアなので報酬はない。「私がごみを集めた」と声高

に言う人もいないだろう。参加した人たちは「お疲れさま」とねぎらい合い、朝日と共に会場を後に

した。(茨城・MK)


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