コラム

2018/12/12

吉村作品が遺したものた(群馬YY)

吉村作品が遺したもの


▼先日、東京都荒川区にある吉村昭記念文学館へ行ってきた。吉村昭氏は『星への旅』や『戦艦武蔵』、『冷たい夏、熱い夏』などの著作で知られる作家だ。緻密な取材を元に書かれた作品は、戦記やノンフィクションとは違う記録文学のジャンルに位置付けられている


▼吉村氏の創作の源流には、自身の戦争や結核闘病体験があり、生と死をテーマにした作品が多い。文学館には氏の生い立ちに関する記述のほか、直筆原稿や取材ノートが展示され、各作品の着想から完成までの軌跡をたどることができる


▼吉村氏は北海道から沖縄まで日本各地を舞台に作品を執筆しており、米軍統治時代の沖縄にも取材で訪れている。都道府県ごとに分けた館内掲示の作品一覧表にはぎっしりと作品名が書き込まれていた。この中で富山の『高熱隧道』に目が留まる。黒部の仙人谷ダム建設に伴う、資材運搬トンネルの掘削工事を扱った作品だ


▼日中戦争下、国策による発電用ダム建設で失われた多くの命を当時の関係者の証言を得て克明につづっている。同事業では地熱によるダイナマイト暴発事故、雪崩による宿舎倒壊などで300人以上の死傷者が出た。作品内では犠牲となった一人一人に焦点が当てられ、事故発生から救護活動に至るまで、緊張感ある筆致で描いている


▼小説高熱隧道は、歴史の裏方で名を知られることのない人々の墓名碑とも呼べる作品だ。吉村氏は2006年に亡くなったが、11年に発生した東日本大震災、20年東京オリンピックなど、今も健在だったらどのように見られたか。館内にある氏の文机を眺めつつ、考えを巡らせた。(群馬・YY)


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