コラム

2019/02/13

大人の節目は心の中で(埼玉・YM)

大人の節目は心の中で


▼2018年6月13日に民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げることなどを内容とする民法の一部を改正する法律が成立したことは記憶に新しい。施行は22年4月1日からで、18歳が成人となる日は近い。それでは成年年齢が引き下げとなれば、全国津々浦々で開催されている成人式はどうなるのだろうか


▼成人式発祥の地として知られる埼玉県蕨市の頼高英雄市長は昨年11月22日の記者会見で「成人式の発端が単に法律上の成人を祝うだけの行事ではないことや18歳が将来の進路に関わる大切な時期であることなどを勘案して、22年4月以降も20歳を対象に開催する」と見解を述べた


▼少し調べると日本は中世から江戸時代ごろまで元服をもって成人とされた。またインドネシアやミャンマーなどが15歳で成人を迎えるように、成年年齢というのは時代背景や国によって大きく異なる。明確な基準がない以上は今回の「18」という数字は便宜上決めているに過ぎないだろう。何をもって成人または大人と見なすかは検討の余地がある


▼「大人っぽいね」「子どもっぽいね」と言われた経験はないだろうか。人は実年齢と言動に差があると、違和感を感じてそう言ってしまいたくなる。言動は性格や精神といった心の部分によるところが大きい。心が落ち着いている人は往々にして大人しいように思う


▼「大人・成人」の定義は単に「歳や身体が大きく成った人」ではなく、「大人しく成った人」という意味ではないだろうか。仮にそう定義すると成人と言う節目は歳ではなく心で決めるべきではないだろうか。成人式が本当の意味で成人を祝う行事になることを願う。(埼玉・YM)


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